Vol.21 - July , 2017
Product News:マルチ/ハイパースペクトル技術解説:第三回「マルチスペクトルカメラ」
パシフィコ横浜で開催されたOPIE ‘16(5月18日~20日)において、コーンズテクノロジー株式会社は、『マルチ/ハイパースペクトル技術原理と応用 選び方・使い方のポイント』という題目で講演発表を行いました。最終回となる今回は、前回説明したマルチ/ハイパースペクトル技術の具体例として、ハイパースペクトルカメラを中心に紹介します。
■ ハイパースペクトルとは
ハイパースペクトルは、数百のスペクトルバンド(分光帯)を意味し、特にイメージングを行うものは、ハイパースペクトルイメージング(HSI)として知られています。マルチスペクトルイメージングでの分光情報(スペクトルバンド数)では不十分な場合に、ハイパースペクトルイメージングが用いられます。
主なアプリケーションは、衛星や航空機からの地上評価となるリモートセンシング(空撮)になりますが、最近では以下、図のように、薬品や食品などの成分等の分布評価での使用にも検討されています。
Prediktera 社 Evince ソフトウェアより
具体的には、以下のような理由からハイパースペクトルが使用・検討されています。
- より高い計測精度が必要な場合
より細かなスペクトルバンド(狭帯域)を用いている事で、本当に計測を行いたい“真”の対象物のみを精度良く計測したい - 未知の対象物の計測が必要な場合
計測対象が未知の場合は、具体的な計測波長を設定する事が困難であるため、マルチスペクトルでは不十分になる - 一度に多くのデータを同時に計測したい場合
リモートセンシング(航空機や人工衛星からの計測)においては、何度も計測準備・実行する事が困難であるため、一度でできるだけ多くの情報を計測したい
以上の事から、ハイパースペクトルのアプリケーションとして、鑑識、色合い測定、化学物質のイメージング、防衛/セキュリティ、ライフサイエンス、環境モニタリング、植生調査、水質調査などの幅広い分野での応用が可能です。
■ ハイパースペクトル~従来と現在~
従来 | 近年 | |
---|---|---|
産業向けリサーチ用途 ラボやインライン・オフラインにおける食品 検査/ライフサイエンス/色合い検査/製品評価など |
ラボでの用途 ・装置そのものが高価であったため、主に研究がメインでハイパースペクトルのデータを取得 |
インライン・オフラインでの用途 ・技術の進化により低価格化が進み、多くの用途へ応用⇒評価完了後、マルチスペクトルへ応用し製品化 |
資源探査・環境計測 リモートセンシング(空撮)やスタンドオフ (定点観測)における大気汚染/資源探査/火山観測/農地調査など |
リモートセンシング(空撮)での用途 ・装置が大型であり、空撮を行うためには大型飛行機が必要 |
リモートセンシング(空撮)での用途 ・ 小型化が進み、ペイロードの小さいドローンへの搭載可能に |
スタンドオフでの用途 ・波長範囲(LW側)や波長分解能の面で不十分 |
スタンドオフでの用途 ・ 検出器や検出方法の改善に伴い、広波長範囲化と高分解能化が進む |
|
パブリックセーフティ・セキュリティ 重要施設/イベント(オリンピック)等に おける爆発物検知、化学剤検知、生物剤検知、ガス検知等 |
課題 ・ 拭き取り式など、現場での不審物の採取が必要であり、作業者が常に危険を伴う |
解決方法 ・スタンドオフ型のHSIカメラを用いる事で、離れた場所から、不審物の検出・識別が可能 |
■ パッシブ型ハイパースペクトル~各分光技術の紹介~
では、ハイパースペクトルイメージングを実現するための具体的な手法のいくつかを技術的解説を含めて以下に紹介します。
①プッシュブルーム式(Push Broom)
回折格子(グレーチング)を用いた分光方法。昔からよく知られている方法で、最近は微細加工技術の向上により、高い分解能を提供できる製品が出てきています。
データの取得方法としては、プッシュブルーム式と呼ばれているものが多く採用されていて、ラインセンサでX方向(横)とλ方向(波長)を取得した後、対象物またはカメラそのものをY方向(縦)にスキャニングする事により、3次元の情報(Cubeとも呼ばれます)を取得します。
簡単にハイパースペクトル情報が取得できるので多くの企業で採用されています。しかし、スキャニングのためにある一定の時間が必要な事と対象物またはカメラを一定の速度で動かさなければいけない事などの計測上の制限が発生してしまいます。
■プッシュブルーム技術を用いたHSIの動作原理
- 概要説明
- ①計測情報を含む光がレンズを介して入射
- ②スリットを通った後、回折格子やプリズムを介して分光されたスペクトル情報が検出器に入射(X方向 vs λ方向の情報)
- ③カメラまたは計測対象物をY方向にスキャンさせ、スペクトル情報を取得
- 特徴
- カメラまたは計測対象をスキャンさせる必要がある
- Xとλ方向の情報をY方向にスキャンするため、対象物または、カメラが“動き”を持つ場合、1枚の画像内における歪みが発生する
②高速フーリエ変換式(FT-IR)
FT-IR技術を駆使した分光方法になり、卓上型FT-IR解析装置と同様に、カメラに入射される赤外線光をマイケルソン干渉計で分光します。検出器としてフォーカルプレーンアレイ(FPA:2次元センサ)を使用する事で、X方向とY方向の2次元画像に対する各ピクセルのλ情報(波長情報)を取得する事が可能になります。
対象物やカメラ本体を動かす必要は全くなく、スタンドオフでの使用に便利でありまた、FT-IR技術に基づき、極めて高いスペクトル分解能を持つが、機械的要素があるため小型化が難しいです。
■FT-IR技術を用いたHSIの動作原理
- 概要説明
- ①計測情報を含む光がレンズを介して入射
- ②Beam Splitterにより反射された光が固定ミラーを介して検出器へ
- ③もう一方の光が可動ミラーを介して検出器へ
- ④ここで可動ミラーを動かす事により、干渉波を選択し、マイケルソン干渉計により分光を実施
- 特徴
- 分解能は可動ミラーの移動ピッチに依存
- 分光スペクトル(干渉波)は可動ミラーの位置に依存するため、分光数に応じて計測時間も必然的に長くなる
- XとY方向の情報をλ方向にスキャンするため、1枚の画像内における歪みは少ない
FT-IR技術を用いた具体的な製品として、カナダTelops社のHyper-Camがあります。波長範囲が広く、高分解能での分光も可能なため、ディフェンス及びセキュリティ、環境測定、産業及びリサーチ用途、資源/火山観測などの多くの分野で既に使用されております。
Telops 社 Hyper-Cam ハイパースペクトルカメラ
モデル | 波長範囲 (μm) |
空間分解能 (ピクセル) |
測定レート (Hz) |
スペクトル分解能(cm-1) |
---|---|---|---|---|
Hyper-Cam MWE | 1.5~5 | 320 x 256 | 0.7* | 最大0.25 |
Hyper-Cam MWE FAST | 1.5~5.4 | 320 x 256 | 2* | 最大0.25 |
Hyper-Cam MW | 3~5 | 320 x 256 | 1.8* | 最大0.25 |
Hyper-Cam MW FAST | 3~5 | 320 x 256 | 4.3* | 最大0.25 |
Hyper-Cam Methane | 7.4~8.3 | 320 x 256 | 3.6* | 最大0.25 |
Hyper-Cam LW NB | 7.7~9.3 | 320 x 256 | 3.6* | 最大0.25 |
Hyper-Cam LW | 7.7~11.8 | 320 x 256 | 3.6* | 最大0.25 |
*16cm-1、128 x 128ピクセル、200μs 露光時間にて
波長範囲⇒拡波長範囲化、スペクトル分解能⇒高分解能化
③ファブリーペロー干渉式(Fabry-Perot Interferometer)
FPI(ファブリペロー干渉計)技術を使用した分光方法です。FPIにより特定の波長分光を行うが、最近はMEMS技術により、より小型で分解能の高い製品があります。検出器としてFPA2次元センサを使用する事で、X方向とY方向の2次元画像に対する各ピクセルのλ情報を取得する事が可能であり、モザイク型のHSIとは異なり、補正を必要としないスナップショットでのハイパースペクトル情報の取得も可能です。
内部のハーフミラーはピエゾ素子(圧電素子)で動かすため、FT-IR式のような機械的構造は不要になり、 製品の小型化が可能ですが、可変できる波長幅が比較的小さくなります。安価に製造できるため、製品価格は主に検出器に依存します。
FPI技術を用いたHSIの動作原理
- 概要説明
- ①計測情報を含む光がレンズを介してFPI素子に入射
- ②入射された光がハーフミラー内で反射され干渉波を生成
- ③ハーフミラー内の空間ギャップを動かす事により、干渉波を選択し分光を実施
- 特徴
- 空間ギャップの制御はピエゾで実施するため、低消費電力で可動
- 原理上、小型化が可能
- XとY方向の情報をλ方向にスキャンするため、1枚の画像内における歪みは少ない
Senop社 小型ハイパースペクトルカメラ
FPI技術を用いた具体的な製品として、フィンランドSenop社の小型ハイパースペクトルカメラがあります。
小型・軽量化な製品でスナップショットが可能なため、ドローンなどの不安定な条件での計測に向いております。
- アプリケーション
- ドローン搭載
- 環境測定
- 産業およびリサーチ用途
- 資源/火山観測
- 農業
- 鑑識
仕様項目 | 値 | 備考 |
---|---|---|
水平x垂直 FOV | 36.5 x 36.5 | |
F値 | ~2.8 | |
波長範囲 | 500~900nm | カスタム対応可能 |
スペクトル分解能 | >10nm, FWHM | 波長範囲に依存 |
スペクトルステップ | ~1nm | ±1nmの確度で選択可能 |
スペクトル帯域 | ~380最大 | プログラム可能 |
露光時間 | 0.06~3000ms | 調整可能 |
フレームレート | 30fps | 10ms露光時間(1010 x 648にて) |
最大イメージサイズ | 1010 x 1010 | |
消費電力 | 5.4W(平均) | 最大10.5W |
重量 | ~720g | バッテリー、センサ等含まず |
小型・軽量化およびスナップショットにより、ドローンなどの不安定な条件での計測に向いている
SpectralEngine 社 小型分光センサ
同じFPI技術を用いたもので、シングル検出器を用いる事で価格面を抑えた製品として、フィンランドのSepectral Engines社の分光器があります。
こちらは小型且つ堅牢性を持っているため、プロセスコントロール(水分測定/膜厚測定)、ガスモニタリング、鑑識、製薬関連、組み込み用などの多くの応用で検討されております。
なお、Senop社及びSpectral Engines社は共にVTTフィンランド国立技術センターよりスピンアウトし創立された会社です。
- アプリケーション
- プロセスコントロール(水分測定/膜厚測定)
- ガスモニタリング
- 鑑識
- 製薬関連
- 組込み用
仕様項目 | Nシリーズ | Mシリーズ |
---|---|---|
波長範囲 | 1.35~1.65μm 1.55~1.95μm 1.75~2.15μm |
3.0~3.7μm 3.7~2.155μm |
検出器 | 拡張InGaAsシングル | PbSeシングル |
波長数 | 最小0.05nmステップ 最大512まで選択可能 |
|
波長切替時間 | 1ms | |
各波長の最小測定時間 | 0.1ms | |
波長分解能(FWHM) | 0.7~1.4% | |
動作可能温度範囲 | 0~70℃(結露無き) | 0~50℃(結露無き) |
光学インターフェイス | SMA905 | |
電気的インターフェイス | USB2.0 | |
サイズ(L x W x H) | 57 x 56 x 27mm | 58 x 57 x 27mm |
重量 | 125g |
④液晶可変フィルタ式(Liquid Crystal Tunable Filter )
液晶可変フィルタ技術を使用した分光方法で、Lyotフィルタとしても知られております。偏光子間に複屈折水晶と電気的に制御可能な液晶セルを配置し作成した複屈折干渉フィルタを使用し、液晶セルを制御する事で、入射された光から特定の波長分光を行います。
検出器としてFPA 2次元センサを使用する事で、X方向とY方向の2次元画像に対する各ピクセルのλ情報を取得する事が可能であり、補正を必要としないスナップショットでのハイパースペクトル情報の取得も可能です。
液晶セルを制御する事で分光するため、FT-IR式のような機械的構造は不要。製品の小型化が可能ですが、可変波長範囲が大きくなく(SWIR領域まで)、波長切替時間に一定の応答時間が必要になります。また、LCTF素子そのものは安価ではなく、製品価格は比較的高いです。
⑤音響光学可変フィルタ式(Acousto-Optic Tunable Filter )
音響光学フィルタ技術を使用した分光方法です。音響光学素子は透明結晶素子の片面に圧電素子トランスデューサを接合したものであり、RF信号がトランスデューサに印加されると、音響波が結晶内で生成され、これは光弾性効果により結晶内の疎密を生み出し、屈折率の周期的な変化を生み出します。
結晶内の疎密の領域は、実際に透過回折格子におけるスリットによる効果に類似し、もし音響光学素子の疎密距離が短ければ、細かな回折格子として、入射される光ビームが多くの階数に分解されます。この作用を利用し、RF信号の周波数制御して特定の波長分光を行います。
上記紹介しましたハイパースペクトルイメージングをメリット・デメリットなどの観点からまとめたものが以下になります。
パッシブ型ハイパースペクトル~まとめ~
コア技術 | メリット | デメリット | 代表的な会社/製品 | |
---|---|---|---|---|
PushBroom プッシュブルーム |
回折格子(及びプリズム)を使用し、光の回折を用いて分光実施 | ・多くの市場で実績有 ・狭帯域での分光が可能 ・ラインにおけるλ情報を一度に多く取れる |
・試料又はカメラ本体を動かす必要がある ・計測に時間が掛かる ・X方向とY方向に時差有 ・小型化が制限される |
Specim社/SisuCHEMA/Inno Spec社/BlueEye/その他多数 |
FT-IR 高速フーリエ変換 |
マイケルソン干渉計とFPA検出器を組み合わせ、干渉波から分光実施 | ・1λにおける2Dのデータを1度に取得可 ・高λ分解能 |
・可動部があり、計測時間は分解能に依存 ・装置は大型 ・比較的高価 |
Telops社/Hyper-Cam |
Fabry-Perot FP干渉計 |
ファブリーペロー干渉計FPA検出器を組み合わせ、干渉波から分光実施 | ・可動部が無い ・スナップショット ・小型化が可能 |
・可変波長幅が小さい ・応答時間が分光数に依存 |
Senop社/小型HSIカメラ SpectralEngines社/小型分光センサ |
LCTF 液晶可変フィルタ |
複屈折水晶と電気的に制御可能な液晶偏光板の組合せで、干渉波から分光実施 | ・可動部が無い ・スナップショット |
・検出波長範囲が製造時に固定(最大SWIRまで) ・応答時間が100~150msと早くない ・比較的高価 |
CISS社/LightGuard Velovision Inno-Spec社/小型分光器 |
AOTF 音響光学フィルタ |
音響光学素子に特定のRF信号を印加し、光の回折を利用して分光実施 | ・可動部が無い ・強度調整可能 |
・RF等の付属回路が必要 ・可変波長範囲が小さい ・比較的高価 |
上記全ての技術はパッシブ型であり、太陽光などの光源が必要
■アクティブ型 分光技術
これらの技術はパッシブ型であり、太陽光などの光源が必要になる事に注意が必要です。そのため、パッシブ型の分光技術には以下のようなデメリットがございます。
①太陽光下での観測では、天候(晴れ、曇り、雨)の影響を受け、夜間での使用に制限を受ける
②ハロゲン光等の光源を用いる場合で、計測対象物に応じて適切な光源を選択する必要があり、設備が大型化してしまう
これらの欠点を補うために、アクティブ型の分光技術の開発が近年進んでおります。一般的なアクティブ型の分光技術は、既知の波長を持ったレーザー光を照射し、反射や吸収の振る舞いを観測する事を可能にしております。また、使用するレーザー波長を複数用いる事で、マルチやハイパースペクトルのセンシングを行う事ができ、レーザーをスキャニングする事でイメージングも実現可能です。
以上の事から、アクティブ型の分光技術は、①天候や夜間などの制限が無い、②レーザーを用いる事で、高い計測安定性などのメリットを持っている半面、計測距離はレーザーの出力に依存しており、高出力レーザーの使用に注意が必要となります。
SEC Technologies アクティブ型 CWA 検出システム
仕様項目 | FALCON 4G-S | FALCON 4G-B |
---|---|---|
動作原理 | Co2レーザーによる差動型LIDAR | |
波長範囲 | 9.2~10.7μm | |
レーザーパルスパワー | 約50mJ | 約 40mJ |
レーザーパルスレート | 4パルス/秒 | |
検出可能CWA (代表例) | GA, GB, GD, GF, VX, HD, L | |
検出時間 | <0.25秒 | <0.5秒 |
iFOV | 1mRad | 2mRad |
最大検出距離 | >6000m | >5000m |
アイセーフ | Yes | |
サイズ(L x W x H) | 507 x 272 x 296mm | |
重量(パンチル機能無し) | 28Kg | 29Kg |
以下にマルチスペクトル技術とハイパースペクトル技術をまとめます。

上記表より、マルチスペクトル技法とハイパースペクトルの技法のすみ分けにより、補完性拡充すると共にパッシブ型とアクティブ型の組み合わせで、新しいアプリケーションの開発が進むことを期待しております。 一方で、検出器に依存するが、一般的に商用の製品価格はまだまだ高い事や取得したデータキューブの後処理(膨大なデータを処理するためのワークステーションとライブラリーの準備)が課題となっているため、ブレイクスルーするために今後これらが改善・向上されて行く事を期待しております。
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